top of page

​コンビニにいた家族(ショートストーリー)

picture_pc_257f4366531c572686220f2e4d3cdcb1.jpg

 土曜日、私がいつものように近所のファミレスでランチをとっていると隣のテーブルに三人の客が腰を下ろした。中年の女性、高校生ほどの男性、中学生ほどの女性。簡単に言えば家族(母、兄、妹)のようだった。母(仲里依紗さん似)は、髪はさびきった茶色、淡いというか淡くなってしまったと思しきピンクのロンTを着用、兄(つんく♂さん似、もしくは上沼恵美子さん似)も白と紫の縞々のロンT、また妹(ワカメちゃん似)もキャラクターがプリントされたロンTを着用しており、そろいもそろってロンTなのだった。ちなみに私も白のロンTを着用、そういう気候だったのだろう。まあ、そんなことはどうでもいい。

 私がハンバーグステーキセットを終え、デザートに着手していた段だった。

「こいつさぁ、見せる気ねーんだよ」
「そんなことない!」
 

 妹は首をぶんぶんと横に振る。

「じゃあ見せろっつーの!」 

 兄が妹の右腕に手をやる。ロンTから覗いたその右腕には包帯が巻かれている。妹は無言で右腕をよけた。

「ほら! やっぱ見せる気ねーじゃんか」
「違う!」
 妹は身を避ける。私はついつい気持ちがロンT家族に向いてしまう。
「ケンシロウ、やめなさい」
 母がついに声を上げた。私は、ケンシロウっていうんだ、どういう字を書くんだろうと考えていると、「カリナ…」と、母は妹の方を向く。「見せなさい」。きっぱりと言い切った。
「今はダメなの!」 
 妹は右腕を隠す。
「こいつさ、ぶつぶつが恥ずかしいんだよ!結局ぶつぶつ見せるのが恥ずかしいんだよ、な、おい!」
「違う、今はダメなの!」
「何で今はダメなの!?」
 母が叱りつけるように声を上げると、ファミレス中に響きわたり、少人数で切り盛りしているウェイター全員がはっと足を止める。
「今はダメなの!お医者さんが言ってたもの!」
「そんなこと一言も、言ってなかったじゃないかさ!さっき一緒に説明受けたのを忘れたの!?嘘ばっかり!!あーあんたは嘘ばっかり!そんなの、隠すほどのものじゃないでしょうに!? たかだかぶつぶつなんだからぁ!!」
 ここまでの話を総合すると、妹の右腕にデキモノが出現し、ロンT家族は今、病院の帰りのようだ。ぶつぶつは大した症状ではない模様。
 一通り事情は把握したが解らなかったのは、なぜ、母も兄もぶつぶつを見たがっているのか、ということ。妹が隠したい気持ちは解る。人目もあるし思春期の子どもである、なるべく晒したくないはずだ。
 この状況下で妹がすべきはまず、「なぜぶつぶつを見たいのですか?」という問いかけではないだろうか。しかし、まだ(おそらくは)中学生である、なかなか冷静にはなれない。
「あんたさぁ!」母がせきを切ったように話し始めた。「あんた、ええ!? 他に人がいるから、私のこと甘く見ているんじゃないか!? あんたのためにパートを半休までして病院に付き添ってやったんだよ!?」
 中学生だったら一人で皮膚科くらい行けるだろうにわざわざ半休をとったことに違和感を覚える。さらに、病院に付き添ったくらいで実に恩着せがましい。
「だからぶつぶつを見せな!さっきは病院で見せただろう!?見せるんだよ!」
 母の激しい調子によせばいいのに私はつい口を挟んでしまった。
「あの、すみません」
 母はきゃっと言う風に声をあげてから、怪訝そうに、なんですか?と弱気に問いかけた。
「先ほどからお話し、聞いていまして」兄の方がガタンがと立ち上がるので、私は、てのひらで制しながら話し続けた。「一つ、ものすごく気になってしまって。なぜ、お母さんも、お兄さんも」そう言って、その呼び名でよいのか視線で確認するも否定されなかった。「妹さんの、その、右腕を見たいのですか?しかも、今」
 母がたじろぎながら、それは…、などと言っていると、兄が、「そんなの…、見たいからに決まってるじゃないですか!」と大きな声を上げた。母は、「あ、あ、あ」と漏らしてから、「心配だから見たいんですよ、そんなもの。当り前じゃないですか!!」と同様、声をはり上げた。
「心配だから、今?」
 私が追って質問すると、「そうですよ!」と勢いでなんとかできるはずだと言わんばかりの大声を上げた。
「解りました、失礼しました」
 私はそのまま残りのデザート、マンゴープリンに着手した。ここのマンゴープリンは格別なのだ。できたら、気まずい空気のなかで食いたくはなかった。
 それはそうと先ほどの話から、母も兄も、単に今見たいから、見せろと言っていたのだろうことが解った。心配だからと言っていたがそれはたぶん、場をとりつくろう嘘、嘘でなければ頓珍漢だ。母が見たからと言って、症状が改善するわけでもあるまいし、病院で巻いてもらったばかりの包帯を外すのも意味がない。
 ロンT家族は無言になってしまった。母は多少、自らの不合理性に思いをはせていたかもしれない。
 さも、「ぶつぶつ見せることが当然である」という狂った磁場。家族が作る異様な常識。妹は拒否していたが、「見せなさい」という命令自体の理不尽さには気づいていないようだった。恥ずかしさで、ぶつぶつを見せない自分を悪い子とさえ感じていたかもしれない。
 私はマンゴープリンを平らげ紙ナフキンで口を拭くと、伝票を持って立ち上がり、ロンT家族に視線も向けず、「別に見せる必要ないから」とぽつりつぶやくと、レジまで向かった。早足で。兄あたりが追いかけてきて、どつかれやしないか心配だったが、無事、ファミレスの外の空気を吸えた。空は美しく晴れ渡っていた。 

bottom of page